「虐待かもしれない」と思う場面に出会ったとき、職員が最初に迷うのはどこに言えばよいのかです。上司に報告すればよいのか、法人の窓口でよいのか、それとも外に出すべきなのか。この迷いは、高齢者虐待防止法の条文を一度読んでおけば解消します。
この記事では、高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律(以下「高齢者虐待防止法」)の条文に沿って、施設・事業所の職員に課された通報義務を整理します。あわせて、通報した職員が法律上どう守られているのか、通報を受けた市町村と都道府県が何をするのかまで確認します。
障がい福祉の事業所を運営されている法人様向けには、障害者虐待の通報義務|通報先・守秘義務・通報者の保護を条文で整理で同じ観点をまとめています。この2つの法律は、通報義務の立て方がはっきり違いますので、両方の事業を持つ法人様はあわせてご覧ください。
通報義務は3段階に分かれている
高齢者虐待防止法の第21条は、施設・事業所で起きた虐待(養介護施設従事者等による高齢者虐待)について、通報する人の立場ごとに3段階の義務を置いています。ここが、この法律のいちばんの特徴です。
第1段階:職員は、条件なしで通報しなければならない
養介護施設従事者等は、当該養介護施設従事者等がその業務に従事している養介護施設又は養介護事業(当該養介護施設の設置者若しくは当該養介護事業を行う者が設置する養介護施設又はこれらの者が行う養介護事業を含む。)において業務に従事する養介護施設従事者等による高齢者虐待を受けたと思われる高齢者を発見した場合は、速やかに、これを市町村に通報しなければならない。
(高齢者虐待防止法第21条第1項)
読みどころは3つあります。
- 「受けたと思われる」で足りる。確認が取れてからでよい、とは書かれていません
- 「速やかに」通報する。調査してから、委員会にかけてから、ではありません
- 対象は自分の事業所だけではありません。同じ設置者が設置する他の養介護施設・養介護事業も含まれます。系列の別事業所で見聞きした場合も、この第1項に当たります
第2段階:職員以外の人は、生命・身体に重大な危険があるときは義務
前項に定める場合のほか、養介護施設従事者等による高齢者虐待を受けたと思われる高齢者を発見した者は、当該高齢者の生命又は身体に重大な危険が生じている場合は、速やかに、これを市町村に通報しなければならない。
(高齢者虐待防止法第21条第2項)
第3段階:それ以外の場合は努力義務
前二項に定める場合のほか、養介護施設従事者等による高齢者虐待を受けたと思われる高齢者を発見した者は、速やかに、これを市町村に通報するよう努めなければならない。
(高齢者虐待防止法第21条第3項)
3つを並べると、次のようになります。
| 立場 | 条件 | 義務の強さ | 根拠 |
|---|---|---|---|
| 養介護施設従事者等(職員) | 条件なし | 義務 | 第21条第1項 |
| 職員以外の発見者 | 生命又は身体に重大な危険が生じている | 義務 | 第21条第2項 |
| 職員以外の発見者 | 上記以外 | 努力義務 | 第21条第3項 |
職員だけが、条件なしの義務を負っています。 家族や見学者が「これは虐待では」と思っただけの段階では努力義務にとどまりますが、職員には同じ段階での通報が義務づけられている、という構造です。
なお、虐待を受けた高齢者本人は「その旨を市町村に届け出ることができる」とされています(第21条第4項)。本人の側は義務ではなく権利です。
障害者虐待防止法とは立て方が違う
同じ「福祉施設の従事者による虐待」でも、障がい者の側は条文の作りが違います。
障害者福祉施設従事者等による障害者虐待を受けたと思われる障害者を発見した者は、速やかに、これを市町村に通報しなければならない。
(障害者虐待防止法第16条第1項)
障害者虐待防止法は、発見した者であれば誰でも、条件なしで義務という一段構えです。高齢者側のような3段階の書き分けはありません。
高齢者と障がい者の両方の事業を持つ法人様は、ここを混同しないようにしてください。 職員が負う義務は両方とも同じ(条件なしの通報義務)ですが、職員以外の人に何を説明するかが変わります。家族向けの掲示や説明資料を共通のひな形で作っていると、片方が不正確になります。
通報先は「市町村」。法人の内部ではない
3段階いずれの条文も、通報先は「市町村」と書かれています。法人の相談窓口でも、都道府県でも、運営本部でもありません。
法人内部への報告を否定するものではありませんが、内部に報告したことをもって第21条第1項の義務を果たしたことにはなりません。内部報告のルールを作る場合は、「内部報告と市町村への通報は別の手続きであり、両方を行う」という形にしておく必要があります。
なお、通報・届出の受理を担当する部局は市町村が周知することとされています(第21条第5項が第18条を準用)。自事業所の所在市町村の担当部局がどこかは、あらかじめ調べて掲示しておくのが実務的です。
「守秘義務があるから言えない」は成り立たない
現場でもっともよく出る迷いが、利用者の情報を外部に出してよいのか、という点です。条文は明確です。
刑法の秘密漏示罪の規定その他の守秘義務に関する法律の規定は、第一項から第三項までの規定による通報(虚偽であるもの及び過失によるものを除く。次項において同じ。)をすることを妨げるものと解釈してはならない。
(高齢者虐待防止法第21条第6項)
虚偽の通報や過失による通報は除かれますが、「虐待を受けたと思われる」と考えて通報した以上、守秘義務違反にはなりません。
通報した職員は、解雇その他の不利益な取扱いを受けない
養介護施設従事者等は、第一項から第三項までの規定による通報をしたことを理由として、解雇その他不利益な取扱いを受けない。
(高齢者虐待防止法第21条第7項)
さらに、通報者が誰かという情報も守られます。
市町村が第二十一条第一項から第三項までの規定による通報又は同条第四項の規定による届出を受けた場合においては、当該通報又は届出を受けた市町村の職員は、その職務上知り得た事項であって当該通報又は届出をした者を特定させるものを漏らしてはならない。
(高齢者虐待防止法第23条)
通報者の保護は、法人側の配慮ではなく法律の規定です。 職員向けの研修では、「通報しても不利益は受けない」と口頭で伝えるだけでなく、この2つの条文を示すほうが説得力があります。
通報のあと、何が起きるか
通報したらどうなるのかが分からないことも、通報をためらわせる要因です。条文をたどると、次の流れになります。
1. 市町村が都道府県に報告する
市町村は、前条第一項から第三項までの規定による通報又は同条第四項の規定による届出を受けたときは、厚生労働省令で定めるところにより、当該通報又は届出に係る養介護施設従事者等による高齢者虐待に関する事項を、当該養介護施設従事者等による高齢者虐待に係る養介護施設又は当該養介護施設従事者等による高齢者虐待に係る養介護事業の事業所の所在地の都道府県に報告しなければならない。
(高齢者虐待防止法第22条第1項)
ただし指定都市・中核市については、厚生労働省令で定める場合を除き、この報告の規定は適用されません(同条第2項)。政令市・中核市に事業所がある場合は、市の中で完結する場合があるということです。
2. 市町村長・都道府県知事が権限を行使する
市町村が第二十一条第一項から第三項までの規定による通報若しくは同条第四項の規定による届出を受け、又は都道府県が第二十二条第一項の規定による報告を受けたときは、市町村長又は都道府県知事は、養介護施設の業務又は養介護事業の適正な運営を確保することにより、当該通報又は届出に係る高齢者に対する養介護施設従事者等による高齢者虐待の防止及び当該高齢者の保護を図るため、老人福祉法又は介護保険法の規定による権限を適切に行使するものとする。
(高齢者虐待防止法第24条)
ここでいう権限は、老人福祉法・介護保険法に基づく報告徴収、立入検査、改善勧告・命令、指定の効力停止や取消しといったものです。通報は、別系統の調査ではなく、介護保険法の指導・監査の枠組みにつながっていきます。
3. 都道府県が毎年度公表する
都道府県知事は、毎年度、養介護施設従事者等による高齢者虐待の状況、養介護施設従事者等による高齢者虐待があった場合にとった措置その他厚生労働省令で定める事項を公表するものとする。
(高齢者虐待防止法第25条)
公表の内容と形式は都道府県ごとに異なりますので、実際の取扱いは所在地の都道府県の公表資料をご確認ください。
「養介護施設従事者等」は、思っているより広い
自分が第21条第1項の義務を負う立場かどうかは、「養介護施設」「養介護事業」に当たるかで決まります。第2条第5項は次を挙げています。
| 区分 | 含まれるもの |
|---|---|
| 養介護施設 | 老人福祉法第5条の3の老人福祉施設、同法第29条第1項の有料老人ホーム、介護保険法の地域密着型介護老人福祉施設・介護老人福祉施設・介護老人保健施設・介護医療院、地域包括支援センター |
| 養介護事業 | 老人福祉法第5条の2第1項の老人居宅生活支援事業、介護保険法の居宅サービス事業・地域密着型サービス事業・居宅介護支援事業・介護予防サービス事業・地域密着型介護予防サービス事業・介護予防支援事業 |
居宅介護支援事業所のケアマネジャーも、地域包括支援センターの職員も「養介護施設従事者等」です。 直接介護をしていなくても、第21条第1項の義務を負います。
65歳未満でも「高齢者とみなす」規定がある
見落とされやすい規定がもう1つあります。
六十五歳未満の者であって養介護施設に入所し、その他養介護施設を利用し、又は養介護事業に係るサービスの提供を受ける障害者(障害者基本法(昭和四十五年法律第八十四号)第二条第一号に規定する障害者をいう。)については、高齢者とみなして、養介護施設従事者等による高齢者虐待に関する規定を適用する。
(高齢者虐待防止法第2条第6項)
「高齢者」は65歳以上の者と定義されていますが(第2条第1項)、65歳未満の障がい者が養介護施設や養介護事業のサービスを利用している場合は、高齢者とみなして高齢者虐待防止法が適用されます。第2号被保険者や共生型サービスの利用者を受け入れている事業所では、年齢で判断すると取り違えます。
虐待の範囲は5類型。身体的なものだけではない
第2条第5項第1号は、養介護施設従事者等による虐待として次の5つを挙げています。
| 類型 | 条文の表現(要旨) |
|---|---|
| 身体的虐待 | 高齢者の身体に外傷が生じ、又は生じるおそれのある暴行を加えること |
| 介護・世話の放棄 | 著しい減食又は長時間の放置その他の高齢者を養護すべき職務上の義務を著しく怠ること |
| 心理的虐待 | 著しい暴言又は著しく拒絶的な対応その他の高齢者に著しい心理的外傷を与える言動を行うこと |
| 性的虐待 | 高齢者にわいせつな行為をすること又は高齢者をしてわいせつな行為をさせること |
| 経済的虐待 | 高齢者の財産を不当に処分することその他当該高齢者から不当に財産上の利益を得ること |
「暴行を加えること」ではなく「外傷が生じるおそれのある暴行」、「放置」ではなく「職務上の義務を著しく怠ること」と書かれている点に注意してください。けがが生じていなくても、対象になり得ます。
事業所に求められているのは「防止等のための措置」
通報と並んで、施設・事業を行う者そのものにも義務が置かれています。
養介護施設の設置者又は養介護事業を行う者は、養介護施設従事者等の研修の実施、当該養介護施設に入所し、その他当該養介護施設を利用し、又は当該養介護事業に係るサービスの提供を受ける高齢者及びその家族からの苦情の処理の体制の整備その他の養介護施設従事者等による高齢者虐待の防止等のための措置を講ずるものとする。
(高齢者虐待防止法第20条)
条文が名指ししているのは研修の実施と苦情処理の体制の整備の2つです。これに加えて、介護保険法の運営基準(省令)で虐待の防止に関する措置(委員会の開催・指針の整備・研修・担当者の設置)が求められており、未実施は減算の対象になります。委員会の運営と記録については虐待防止委員会の運営|開催回数・議事録・研修と未実施減算を、苦情処理の体制については社会福祉法人の苦情解決|三者体制・第三者委員・記録と公表をご覧ください。
現場で機能させるために決めておく3つのこと
条文を知っていても、いざその場面になると動けないのが実際です。事前に決めておくとよいのは次の3点です。
- 通報先の連絡先を、掲示物ではなく「職員が見る場所」に置く
市町村の担当部局名・電話番号を、勤務中に開く画面や手元の記録システムから1クリックで見られるようにします。休日・夜間の連絡先も併せて書いておきます
- 「内部報告」と「市町村への通報」を別の手続きとして書き分ける
虐待防止の指針や手順書で、この2つを1つのフローにまとめてしまうと、内部報告で止まります。内部の決裁を通報の前提条件にしないことを、文章で明示します
- 通報者保護を、研修の教材に条文のまま載せる
第21条第6項(守秘義務)と第7項(不利益取扱いの禁止)、第23条(通報者の特定情報の保護)の3つです。要約ではなく条文をそのまま示すほうが、迷いが減ります
記録の側でできること
通報するかどうかの判断に必要なのは、「いつ・誰が・何を見聞きしたか」です。ところが、この材料はヒヤリハット、介護記録、申し送り、事故報告書、苦情の記録と、別々の場所に散らばっていることが多くあります。
入力は1回で済ませ、見る形だけを複数持てる状態にしておくと、「あの利用者について、この3か月で何が起きているか」をその場で見られるようになります。事故報告書とヒヤリハットの切り分けについては介護の事故報告書|国の標準様式と5日以内の提出と介護のヒヤリハット|事故報告書との違いと記録の残し方でも触れています。
まとめ
- 通報義務は3段階。職員(養介護施設従事者等)は条件なしで通報義務を負い、職員以外の発見者は生命・身体に重大な危険があるときのみ義務、それ以外は努力義務
- 障害者虐待防止法は一段構えで、発見した者であれば誰でも条件なしの義務。2つの法律で立て方が違う
- 通報先は市町村。法人内部への報告では義務を果たしたことにならない
- 守秘義務は通報を妨げない(第21条第6項)。解雇その他の不利益な取扱いも禁止(第21条第7項)。市町村職員には通報者を特定させる情報の守秘義務がある(第23条)
- 通報後は、市町村→都道府県への報告を経て、老人福祉法・介護保険法の権限が行使される。都道府県は毎年度、状況と措置を公表する
- 居宅介護支援事業所・地域包括支援センターの職員も「養介護施設従事者等」に含まれる
- 65歳未満の障がい者が養介護施設・養介護事業を利用している場合は、高齢者とみなして適用される
- 事業者に求められる措置として条文が名指ししているのは研修の実施と苦情処理体制の整備
参考(一次情報)
- 高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律(平成17年法律第124号)|e-Gov法令検索
- 障害者虐待の防止、障害者の養護者に対する支援等に関する法律(平成23年法律第79号)|e-Gov法令検索
- 老人福祉法(昭和38年法律第133号)|e-Gov法令検索
- 介護保険法(平成9年法律第123号)|e-Gov法令検索
※通報・届出を受け付ける部局の名称、休日夜間の連絡方法、都道府県による公表の内容と形式は、自治体ごとに異なります。自事業所の所在市町村・都道府県が公表している最新の案内をご確認ください。本記事では自治体ごとの運用の具体は扱っていません。
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