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障害者虐待の通報義務|施設職員が発見したときの手順を条文で整理

研修で「通報義務があります」と伝えるところまでは、多くの事業所で行き届いています。ところが実際に現場で気になる場面に出会ったとき、職員から出てくるのは次のような問いです。

  • 確証がないのに通報してよいのか
  • 通報先は法人の本部でよいのか、市町村なのか
  • 通報したことが上司に伝わったら、自分はどうなるのか

この3つに即答できないままの研修は、通報義務を知識として教えているだけで、実際には機能しません。 いずれも障害者虐待防止法の条文にはっきり書かれています。この記事では、施設・事業所の職員による虐待(法律上の「障害者福祉施設従事者等による障害者虐待」)を発見したときの手順を、条文に沿って整理します。

通報先は「市町村」。法人の内部ではない

根拠は障害者虐待の防止、障害者の養護者に対する支援等に関する法律(障害者虐待防止法)第16条第1項です。

障害者福祉施設従事者等による障害者虐待を受けたと思われる障害者を発見した者は、速やかに、これを市町村に通報しなければならない。

ここから読み取るべき点が4つあります。

1つ目は、通報先が市町村であること。 法人本部でも、都道府県でも、国保連でもありません。法人の内部で報告を上げることは、この条文が求める通報ではありません。 内部の報告ラインと、市町村への通報は別物です。事業所の対応マニュアルに「まず施設長に報告」としか書いていない場合、それだけでは法律上の義務を果たしたことになりません。

2つ目は、「受けたと思われる」で足りること。 虐待の事実が確定している必要はありません。確証を得てから通報するという設計にしてはいけません。 事実の認定は、通報を受けた市町村と都道府県が行います。

3つ目は、「発見した者」であること。 職員に限定されていません。他の利用者、家族、実習生、ボランティア、取引業者も対象です。

4つ目は、「速やかに」であること。 委員会の開催日を待つ、次の会議まで置いておく、という運用は条文に反します。

なお、虐待を受けた本人からの届出については、同条第2項が定めています。

障害者福祉施設従事者等による障害者虐待を受けた障害者は、その旨を市町村に届け出ることができる。

こちらは「できる」であり、義務ではありません。

「守秘義務があるから言えない」は成り立たない

現場で最も多い迷いがこれです。第16条第3項が、明確に否定しています。

刑法の秘密漏示罪の規定その他の守秘義務に関する法律の規定は、第一項の規定による通報(虚偽であるもの及び過失によるものを除く。次項において同じ。)をすることを妨げるものと解釈してはならない。

守秘義務は通報を妨げる理由になりません。 括弧書きで「虚偽であるもの及び過失によるもの」が除かれていますが、これは意図的な嘘や不注意による誤りは保護しないという意味であり、「確証がなければ守られない」という意味ではありません。見たこと・聞いたことを事実として伝えるかぎり、この保護は及びます。

養護者による虐待についても、第7条第2項に同じ趣旨の規定があります。

刑法(明治四十年法律第四十五号)の秘密漏示罪の規定その他の守秘義務に関する法律の規定は、前項の規定による通報をすることを妨げるものと解釈してはならない。

通報した職員は、解雇その他の不利益な取扱いを受けない

職員が最も恐れるのはここです。第16条第4項が、正面から定めています。

障害者福祉施設従事者等は、第一項の規定による通報をしたことを理由として、解雇その他不利益な取扱いを受けない。

さらに第18条が、通報した人を守るための行政側の義務を定めています。

市町村が第十六条第一項の規定による通報又は同条第二項の規定による届出を受けた場合においては、当該通報又は届出を受けた市町村の職員は、その職務上知り得た事項であって当該通報又は届出をした者を特定させるものを漏らしてはならない。都道府県が前条の規定による報告を受けた場合における当該報告を受けた都道府県の職員についても、同様とする。

通報者を特定させる情報を漏らしてはならないという守秘義務が、市町村と都道府県の職員に課されています。研修でこの2つの条文を示さずに「通報してください」とだけ伝えても、職員は動けません。条文番号ごと資料に入れてください。

通報のあと、何が起きるか

職員が知りたいのは「通報したらどうなるのか」です。条文の流れは次のとおりです。

順序誰が何をするか条文
1発見した者速やかに市町村へ通報第16条第1項
2市町村通報・届出の内容を、施設または事業所の所在地の都道府県に報告第17条
3市町村長・都道府県知事社会福祉法・障害者総合支援法等の権限を適切に行使第19条
4都道府県知事毎年度、虐待の状況と採った措置等を公表第20条

第19条の条文は次のとおりです。

市町村が第十六条第一項の規定による通報若しくは同条第二項の規定による届出を受け、又は都道府県が第十七条の規定による報告を受けたときは、市町村長又は都道府県知事は、障害者福祉施設の業務又は障害福祉サービス事業等の適正な運営を確保することにより、当該通報又は届出に係る障害者に対する障害者福祉施設従事者等による障害者虐待の防止並びに当該障害者の保護及び自立の支援を図るため、社会福祉法(昭和二十六年法律第四十五号)、障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律その他関係法律の規定による権限を適切に行使するものとする。

つまり、通報の受け皿は市町村だが、事業所に対する監督権限は都道府県にも及ぶという構造です。通報を受けた市町村は、必ず都道府県に報告します(第17条)。「市町村に言えば内輪で収まる」ということはありません。

そして第20条により、都道府県は毎年度の状況を公表します。

都道府県知事は、毎年度、障害者福祉施設従事者等による障害者虐待の状況、障害者福祉施設従事者等による障害者虐待があった場合に採った措置その他厚生労働省令で定める事項を公表するものとする。

「虐待」の範囲は5類型。身体的なものだけではない

第2条第7項が、障害者福祉施設従事者等による虐待の定義を置いています。5つの号に分かれています。

#類型条文の表現(要旨)
1身体的虐待身体に外傷が生じ、若しくは生じるおそれのある暴行を加え、又は正当な理由なく身体を拘束すること
2性的虐待わいせつな行為をすること又はわいせつな行為をさせること
3心理的虐待著しい暴言、著しく拒絶的な対応又は不当な差別的言動その他著しい心理的外傷を与える言動
4放棄・放置(ネグレクト)著しい減食又は長時間の放置、他の利用者による虐待行為の放置その他職務上の義務を著しく怠ること
5経済的虐待財産を不当に処分すること、不当に財産上の利益を得ること

実務で判断に迷いやすいのは1番目と4番目です。

1番目には「正当な理由なく障害者の身体を拘束すること」が含まれます。 身体拘束は、要件を満たさないまま行えばそれ自体が虐待にあたります。切迫性・非代替性・一時性の3要件と、記録・説明の手続を経ていない拘束は、この条文の射程に入ります。

4番目には「他の障害者による前三号に掲げる行為と同様の行為の放置」が明記されています。 利用者間のトラブルを職員が放置した場合も、職員による虐待として扱われます。「職員は手を出していない」は理由になりません。

なお、第3条は極めて短く、対象を限定していません。

何人も、障害者に対し、虐待をしてはならない。

事業所に求められているのは「防止等のための措置」

第15条が、施設の設置者・事業者に義務を置いています。

障害者福祉施設の設置者又は障害福祉サービス事業等を行う者は、障害者福祉施設従事者等の研修の実施、当該障害者福祉施設に入所し、その他当該障害者福祉施設を利用し、又は当該障害福祉サービス事業等に係るサービスの提供を受ける障害者及びその家族からの苦情の処理の体制の整備その他の障害者福祉施設従事者等による障害者虐待の防止等のための措置を講ずるものとする。

ここで挙げられているのは研修の実施苦情処理の体制の整備です。これに加えて、指定基準(省令)側で虐待防止委員会の設置・指針の整備・研修の実施・担当者の配置が求められており、満たさない場合は虐待防止措置未実施減算の対象になります。委員会の運営については虐待防止委員会の運営に整理していますので、あわせてご確認ください。

苦情処理の体制については、社会福祉法人であれば苦情解決責任者・苦情受付担当者・第三者委員の体制が別途求められます。こちらは社会福祉法人の苦情解決にまとめています。

現場で機能させるために決めておく4つのこと

条文を研修で読み上げるだけでは、通報は起きません。次の4点を文書にして掲示しておくことをおすすめします。

  1. 通報先の市町村の担当課名と電話番号(複数市町村の利用者がいる事業所は、市町村ごとに一覧にする)
  2. 通報は法人の許可を要しないこと(施設長・管理者の承認を経る運用にしない。上司が虐待の当事者である可能性を想定する)
  3. 通報者は特定されないこと・不利益な取扱いを受けないこと(第16条第4項・第18条を条文番号つきで書く)
  4. 「思われる」段階で通報すること(確証を求めない。事実認定は行政が行う)

とくに2番目が重要です。通報を内部の決裁に乗せてしまうと、上司が関与している事案では制度そのものが働きません。 「管理者に報告する」と「市町村に通報する」を並列に書き、どちらも独立して行えることを明記してください。

記録の側でできること

虐待の芽は、多くの場合いきなり現れるのではなく、記録の中に現れます。

  • ヒヤリハット・事故報告に、特定の職員・特定の利用者が繰り返し登場する
  • 身体拘束の記録に、切迫性・非代替性・一時性の記載が形骸化している
  • 苦情・要望の受付記録が、対応欄まで埋まらずに止まっている

これらは紙のファイルに分散していると誰も気づけません。ヒヤリハット・事故・苦情・身体拘束の記録を同じ仕組みに集め、横断で見られる状態にするだけで、傾向は見えるようになります。ヒヤリハットの扱いについては介護のヒヤリハットも参考にしてください。

まとめ

  • 通報先は市町村。法人内部への報告は、法律上の通報にはあたらない(第16条第1項)
  • 「受けたと思われる」段階で通報義務が生じる。 確証は不要で、事実認定は市町村・都道府県が行う
  • 守秘義務は通報を妨げない(第16条第3項)。除かれるのは虚偽と過失によるもの
  • 通報を理由とする解雇その他の不利益な取扱いは禁止(第16条第4項)。行政職員には通報者を特定させる情報の守秘義務がある(第18条)
  • 市町村は必ず都道府県に報告し(第17条)、都道府県知事は毎年度公表する(第20条)
  • 虐待は5類型。正当な理由のない身体拘束利用者間の行為の放置は見落とされやすい(第2条第7項)
  • 事業所には研修の実施と苦情処理体制の整備を含む防止措置が求められる(第15条)
  • 掲示物には「通報先の市町村」「法人の許可は不要」「不利益取扱いの禁止」「思われる段階でよい」の4点を書く

記録を横断で見られる状態にしたい事業所様へ

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参考にした一次情報

  • 障害者虐待の防止、障害者の養護者に対する支援等に関する法律(平成23年法律第79号)第2条・第3条・第7条・第15条〜第20条(e-Gov法令検索)

※通報先の窓口名称・連絡先は市町村ごとに異なります。実際の通報先は、事業所を利用されている方の支給決定を行っている市町村の障害福祉担当課にご確認ください。

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